伊賀・隠史サイエンス舎 「夏見雅楽」会

団体名 伊賀・隠史サイエンス舎「夏見雅楽」会
主催者 富田 廣
郵便番号 518-0604
住所 名張市さつき台2-336
電話番号 0595-65-1753 HP

【説明】
・古代名張の歴史の謎を解き明かし、他地域と結びつきながら交流を深めます。
・夏見廃寺の塼仏楽器・伎楽曲を復元し、発表する。希望する市内福祉施設で演奏。

【活動目的】
・夏見廃寺の塼仏楽器・伎楽曲を復元し、演奏会を行う。
・古代京師の『四至の国の名懇横河』が謎だが、その実態の解明を進める。

【活動内容】
1. 壬申の乱(672年)後、「政は軍が要也」天武朝紀の京師の東限『名墾横河』郡衙・防塞の実態を解明する。
⑴鴻之巣遺跡は天武・持統天皇期の新名張郡衙であると特定できる資料をまとめる。
⑵防塞施設として軍馬の養育・調教する騎馬隊が駐屯した薦生ノ牧(西原町一帯)を配置して、伊賀氏が郡司に着任して、指揮した強固な城塞であった。
⑶688年、持統天皇の身野二万頃を標野設置して管理人を置いたので、天皇行幸時に活躍した。
2. 夏見廃寺時代の「白鳳仏教」は「国家仏教」である。民が神仏を敬う伎楽と薬師寺の復興最勝会の奉納様式のような国家安泰と民の疫病守護の祭祀を佐藤浩司先生(天理大学名誉教授)の指導で学習します。
3.「邪馬台国」初代卑弥呼・二代伊与女王の鬼道『政』祭祀が「名墾地域」の息長氏首長の祭祀にせまる。国史『古事記』『日本書紀』に記さない卑弥呼・壱与女王の不思議な百年史です。
⑴出雲神庭荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡から大量銅器出土(西暦50年頃埋納)
弥生後期に、「銅鐸文化圏」の近畿銅鐸と「銅剣・銅矛文化圏」北九州銅剣・銅矛を九州から製作まもなく集められ、銅鉾は地元出雲で製作して間もなく埋納したものと云う。近江野洲銅鐸博物館(野洲)大量銅鐸埋納、淡路島慶野大量銅鐸埋納、吉備国複数個銅鐸納、銅器出土遺跡を拠点とした有力首長が存在し、祭祀の際、銅鐸は「穀霊稲魂」の呪器として、入れ子構造銅鐸は豊饒を暗示する妊娠を象徴する威信財として使われた。銅器祭祀が消滅する。但し、”見る大形銅鐸”は西暦150年頃に埋納されたものが各地で出土している。
⑵卑弥呼女王が「邪馬台国」女王に共立されて(魏志倭人伝)、西暦200年頃に手焙形土器祭祀を創設して、2代目壱与女王まで続けている。この手焙形土器祭祀は鬼道の「政」祭祀と称するもので実際は中国、後漢末(2世紀後半)、に起こった初期道教の五斗米道(ごとべいどう)の「稲穀豊穣を約束する治水・利水」法を取り入れて新祭祀様式とし、女王を共立した⑴.項の地域首長らも鬼道『政』の手焙形土器祭祀を同時期に導入している。20年余り遅れて名張も蔵持黒田遺跡外に8か所の手焙形土器の鬼道祭祀遺跡があり、その実態を明確にします。

【市民へのPR】
・名張地域の市民センター等で発表会を催します。