Q&A

Q1。部落差別は、そっとしておけば自然になくなると思いますが・・・

A1。名張市が 2004 (平成 16 )年度に実施した「人権問題に関する名張市市民意識調査」の結果に、 4 割近くの人がこうした意見を持っていることがわかりました。1871 年の解放令により身分制度はなくなりました。「文明開化」から「富国強兵」への近代化の流れの中、かつての被差別民衆は産業構造の変化により社会からしめ だされ、貧困という新たな差別実態を背負うこととなりました。一方で、差別をなくすための政策は採られませんでした。つまり「放置された(そっとしておか れた)」わけです。こうして近代になって再生産された部落差別が、今なお根深く意識の中に刷り込まれています。部落問題について、成人の 8 割の人が「知っています」と答えています。一方、その 8 割の人に対して部落問題の学習体験をたずねたところ、 3 割強の人が「はっきり覚えていない」「受けたことがない」と答えています。これらの人々は部落問題についてどのような認識を持っているのでしょうか。ま た、自由記述の中からは、無責任な流言飛語が伝わり続けていることがうかがえます。真実を知らない人が身近な人から部落に対するマイナスイメージを植えつ けられてしまっていると考えることができます。

こうしたことからも、放っておくのではなく本当のことを学ぶことが大切だということがわかります。またこの意見は、差別に苦しむ人 たちに我慢や「泣き寝入り」を強いるものであり、部落問題の解決に取り組んでいる人々を否定するような意識だとも言えるのではないでしょうか。

Q2。企業はなぜ部落問題に取り組まなければならないのですか?

A2。企業が部落問題に取り組むようになったきっかけは何だったのでしょうか。

残念なことですが、就職差別などの差別事件が発覚し、部落解放運動からの問題提起や行政指導を受けて、ようやく重い腰を上げたので す。

1975 年 11 月、多くの企業が「部落地名総鑑」という差別図書を購入した事件が発覚し、大きな社会問題になりました。「部落地名総鑑」というのは、全国の被差別部落の 所在地などを一覧にした差別図書の総称(当時 8 種類の図書が確認された)で、これを興信所・探偵社が作成し、企業などが購入していました。なぜ、企業がこの「部落地名総鑑」を購入したのかというと、採 用時に提出を求める応募用紙の書式改善や戸籍の公開制限などで、部落出身者かどうかを調べることが困難になり、それを簡単に調査できる図書があれば便利だ ということにありました。この事件は、部落出身者を排除するという企業の差別体質がいかに根強いものであったかを示す事件でした。
こうした就職差別が、部落出身者に低賃金で不安定な就労を強いるとともに、その結果として厳しい生活が子どもの教育を受ける権利を 奪い、進路の選択をせばめるという悪循環を生み、何世代にもわたって差別の実態をつくってきました。

「部落地名総鑑」事件を契機にして、企業の取り組みが本格的に始まり、大阪や東京など全国各地に部落問題に取り組む企業連絡会が組 織されました。

今日では、利潤を追求すれだけでなく、社会の進歩に貢献する企業こそが成長する時代になったといえます。

しかし、残念ながら、 2005 年には新たな「部落地名総鑑」が発見されるという事件が起こっています。「部落地名総鑑」事件は昔の出来事ではないのです。

企業は「社会的な責任として」人権問題に取り組まなければなりませんが、むしる社会的責任を超えて、自らが存在する社会の一員とし て、その社会をよりよい方向へ変えていくということを分担していく必要があるのではないでしょうか。

現在、多くの企業が社内研修や研究集会への参加など、部落問題や人権の課題に取り組んでいます。名張市内においても 161 社( 2010 年 3 月末現在)の企業・事業所が名張市人権・同和教育推進協議会企業部会に加盟して取り組みを行っています。

Q3。バリアフリーってなんですか?

A3。もともと住居などのあった障壁(Barrier)を開放(Free)するという造語ですが、段差などの物理的な障壁を撤去する 意味から、現在では社会制度や精神面の障壁撤去の意味で使われています。現在は「バリアフリー」から「ユニバーサルデザイン」へと考えが進んでいます。も ともとある障壁を除去する考えだったのが「バリアフリー」。はじめから障壁のない、障害者や高齢者などすべての人が使いやすい設計のものを作ろうという考 えが「ユニバーサルデザイン」です。

Q4。患者に対する偏見や差別はあるのですか?

A4。 1981 年初めてHIV感染者が確認されて以来、全世界ではHIV感染者は急速に増加し、国内でも一面的な情報への過剰な反応が問題となりました。HIV感染者に 対する私たちの認識が、性行為感染に偏りがちで、ともすると興味本位の捉え方に陥りがちであり、また、感染経路や感染力に対する誤解から職場や地域で排除 されることを恐れて、今なお、感染者・患者のおおくが不安や苦しみを明らかにできず、悩んでいるという状況があります。今後とも、HIV感染に関する正し い知識や予防の一層の普及や啓発を通じて、HIV感染に対する偏見を除去するように努めるとともに、患者の思いや願いを理解し、ともに生きる態度や行動力 を身につけていく必要があります。

現在、患者に対する社会や周囲の人々の偏見、差別は感染症患者のみにとどまらず、精神病、薬害や公害による患者など、さまざまな患 者に対するものがあります。偏見、差別をなくすためには、正しい知識を持ち、正しく理解するとともに、常に人権の尊重という視点から問題を捉えていく姿勢 が大切です。

ハンセン病患者、ハンセン病回復者に対する人権侵害について

ハンセン病は「らい病」により末梢神経と皮膚が侵される慢性細菌感染症です。かつては、「らい病」と称され、世界のいたるところで 発症した感染者を多くの人々が忌避し、患者に強い偏見による迫害や差別をしてきた歴史があります。日本においては、 90 年間隔離政策が続けられてきました。国際的に開放診療が提唱されてきたにもかかわらず、戦後の新憲法においてさえ 50 年もの間、患者の不当な強制隔離を継続してきました。わが国の歴史の中で、これほど患者の人権を侵し続けてきた事例は他に類を見ることはできません。患者 の人権と日本医療の歴史をたどる時、必ず触れなくてはならないのがハンセン病患者・回復者の人権です。

ハンセン病患者・回復者は、強い偏見や差別によって社会から排除されてきた歴史があります。しかし、法律により強制隔離をするとい う方針がこうした差別を強化したことも明らかです。 2001 年 5 月の熊本地裁の判決はこうした点をふまえた判決です。長期にわたる隔離という特異な環境の中で、患者・回復者の人権侵害が社会に明るみにでることが少な かったということも、隔離政策の継続という結果をつくった理由の一つと考えられます。

収容者は自由な生活が奪われ療養所内の生活に限定された生活を生涯おくることを強制されました。いわば、終身刑のような扱いを受け たのです。

また、患者・回復者のみならず、患者・回復者の家族親族に差別がおよび、とくに就職や結婚の際、この病気の血筋・血統であるという ことで差別を受けるなど、近現代の日本の社会の中で、耐えがたい苦しみと人権侵害を多くの患者や家族に与えてきました。

日本国内の療養所の入所者は、そのほとんどが治癒しているにもかかわらず、長年にわたるハンセン病に対する偏見や差別によって、故 郷に帰れない人が多いという現状があります。熊本地裁判決以後社会復帰をした人はごくわずかです。

病気を撲滅するという方針で、必要のない強制隔離を慣性的に継続してきたハンセン病の患者・回復者に対して行ってきた差別を、国民 一人ひとりが自分の問題として認識、自覚し、患者の人権を守ることを考え、社会から排除するようなことがないように努力しなければなりません。そのために は、正しい知識と理解が必要です。

(注)

QA1~4・・・名張市人権・同和教育推進協議会 差別事象研究部会

2005 年度研究報告

「『人権に関する意識調査』に見られる人権課題を解決するために」

学習資料「人権学習のための一問一答」より抜粋

※なお、学習資料「人権学習のための一問一答」は、名張市人権・同和教育推進協議会(名張市教育委員会 人権啓発室内)で若干部数あ りますので、ご希望の方はご連絡ください。

 ℡ 63-7909