2017年度 名張市人権・同和教育推進協議会 人権講演会を開催しました。(開催日 ’18/1/27(土))

演 題 「ハンセン病問題と私たちの責任」

講 師 徳田 靖之(とくだ やすゆき)さん

・プロフィール
ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団代表、ハンセン病家族被害訴訟弁護団共同代表、ハンセン病市民学会
共同代表に就いておられ、ハンセン病国賠訴訟では指導的役割を果たし、ハンセン病問題の解決に向けて
精力的に取り組む。

日 時 2018年 1月27日(土)
13:00 ~ 13:30  受 付
13:30 ~ 14:00  全体会(各部会より活動報告)
14:15 ~ 15:45  人権講演会

会 場  名張市役所 1階 大会議室  (鴻之台1-1)

入場無料 どなたでもご参加いただけます。

 

会場でパネル展示もしています。ご覧ください。

主 催 : 名張市人権・同和教育推進協議会
共 催 : 三重県、名張市、ハンセン病問題を共に考える会・みえ

詳しいチラシはこちらです!

≪振り返り≫

「ハンセン病問題と私たちの責任」(シェアお願いします)

1月27日(土)午後、名張市役所大会議室で人権講演会が開催されました。主催は名張市人権・同和教育推進協議会で、三重県、名張市、ハンセン病問題を共に考える会みえ、との共催事業です。講師にハンセン病国賠訴訟西日本弁護団代表の徳田靖之弁護士を迎え、「ハンセン病問題と私たちの責任」という演題で講演が始まりました。会場には120人を超える方々が集まり、終始熱心に耳を傾けられ、静かな中にも熱気が感じられました。

1907年から始まる我が国のハンセン病患者の強制隔離政策。1931年には「癩(らい)予防法」ができ、すべての患者に対して強制的な終生隔離が実施されました。日本民族浄化論の精神のもと、ハンセン病患者や精神病患者を隔離する施策がとられていくのです。
1943年にはアメリカで、プロミンという薬がハンセン病によく効くことが報告され、治療法も確立されましたが、1953年、すべての国民の基本的人権の保障を謳う日本国憲法下でありながら、我が国は旧法を「らい予防法」と改定し、強制隔離が継続されたのです。隔離政策の中で、収容されてからも著しく人権を侵害されました。療養所内では、過酷な労働を強制され、子孫を残せないように処置をされ、特別法廷と称して裁判が行われ(2016年最高裁が謝罪)、納骨堂までつくられるという、まさに治外法権でありました。
その「らい予防法」が廃止されたのは、1996年。廃止はされましたが、国の謝罪はありませんでした。90年以上にわたる強制隔離政策という国策は、国民に差別意識と偏見を植え付ける根源となったのです。
国策として、患者は家族との断絶を強いられることになりますが、三重県もそうであったように「無らい県運動(自分たちの県からハンセン病患者をなくす官民一体の施策)」に見られる、患者に対する差別、家族にまで対する差別や偏見による加害者としての直接的な言葉や行為は、教師であり、近所の住民であり、親せきたちによるものだったのです。これが国と私たち国民による差別の二重構造。隔離政策を支えてきたのは紛れもなく私たち国民なのです。
1998年「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」が提起され、2001年に熊本地裁で原告勝利の判決が下されます。この判決を受け、国はこの問題の早期全面解決の必要性を認め、控訴をしませんでした。この、国の判断は、国民からも大きな支持を得ました。しかし、支持をした国民の中には、患者や家族たちに対し「同情される存在として位置づける」意識も少なからずありました。当事者たちが権利を守ろうと声をあげたり行動しようとすると、「身の程知らず」として反感を持ち、叩くのです。つまり、「差別」は温存されたままなのです。これが「差別」の本質です。
様々な被差別の人に対し、同情や救済、善意の気持ち、「してあげる」という気持ちの中に「差別」は潜んでいます。救う側に立つのではなく、当事者として行動しているか?という自分自身の洗い直しが常に必要ではないでしょうか。(講演要約)

私たち・・・自分の心の中を、もう一度見つめてみませんか?

今はわが国でハンセン病にかかる人はほとんどいません。かかったとしても、治療して完治する普通の病気です。後遺症も出ません。伝染力も弱く、現在の衛生状況下では感染することはありません。

現在、国の隔離の柱としての「無らい県運動」を解明し、元ハンセン病患者の家族を地域から排除・差別し続けてきた社会の側の責任を明らかにするために、家族訴訟が2019年3月の結審をめざして提起されています。

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