私の社会保障論 多様な経験生かす社会に=横浜国立大教授・工藤由貴子/毎日jp

 この4月、女性活躍推進法が施行された。女性も男性も輝き、「活躍」する社会へ向けての動きに加速がかかった。その中で議論されていることが、自分の体験と大きく乖離(かいり)していると感じることが多々ある。

 「キャリア・ブランク」もその一つだ。10〜20代前半で就職、結婚・出産を機に退職、家事・育児専業期を経て、子どもの成長に合わせて再び働き始める。その働き方(労働力率)は30代前半を底としてM字を描き、日本の女性に特徴的だといわれる。M字カーブの谷間にあたる時期を人は「ブランク」と言う。

 しかし、M字を描いて働く当事者(私を含め)にとって、それが人生経験においてブランクだった覚えはない。飛び飛びになっている職歴の隙間(すきま)を埋めることはたくさんある。例えば、子どもの通う学校でのボランティア、まわりのお母さんたちとの安全パトロール、市民活動のための寄付集めもした。生協の活動も自治会活動もあった。

 その関わりの度に、多くの人々に学んだ。自分たちの活動は、自分たちがやらねば他に誰がやる、という自負もあった。自分たちを成長させてくれたのは、このような、履歴書には書けない、細々した経験の積み重ねにほかならない。

30年前、男女雇用機会均等法が施行されたときも、その改正の後も、自分なりのスタイルでキャリアを積んできたのだ。

 今の女性の活躍推進の議論は、こんなモザイクのようにつなげてきたキャリアを「ブランク」としてまとめ、中にある宝物を見ようとはしない。職業の中断−−ブランク−−をなくし、M字の底上げを、との一方向の議論ばかりだ。

 男性を主な働き手とするモデルからの脱却、意思決定層への女性の参画、女性管理職比率30%といった数値目標の明示化など、一直線にキャリアを追求する議論は見えやすいが、その陰に、解決しなければならない幾層もの見えにくいものがある。家事労働の軽減策、労働時間の短縮、男性の家事・育児・介護等への参画、育児の社会化などだ。

 さらに、その奥に本当に見なければならないものがある。男女共同参画社会は働く男女だけではなく、子どもや高齢者、あらゆる人の生活が変わる社会だ。現状のように、祖父母からの「孫育てマンパワー」をあてにして母親の就労を促すことは、祖父母世代に過大な負担がかかり、その世代の自立を損ねる。

  男女共同参画社会の一員として、高齢者にも人生経験を生かした新しい役割が創出されることを期待したい。子どもたちにも家庭や地域で新たな役割が出てくるはずだ。それは、全ての世代のワーク・ライフ・バランスの質が問われる社会であり、家事や育児、介護は、キャリア形成に負の影響をもたらすものではなく、生活にとってかけがえのないもの、という本来の意味を取り戻すだろう。

 こうした社会を実現させるには、多様な経験を持ち寄ることが大事だ。M字形のキャリアを歩んだ人もそこに参画し、共に理想の社会の形成に向かっていきたい。